一、近代戦の特性と思想宣伝戦
昔の戦争は宣戦布告によつて開始せられたもので、武力戦が殆んど其の全部を占めて居り、
然しながら近代に至るや、平時戦時の明確なる区別は全く失はれ、戦争状態は既に平時より始まり、経済、外交、思想等各方面に亘る広汎にして深刻且執拗な抗争、葛藤となつて現はるゝに至つたのである。
されば如何なる局部的な国際間の事情も、極度に発達した交通、通信機関に依つて全世界人の目に映じ、耳に達する事になり、国民は深刻且迅速に国際間の政治、経済、外交、思想戦の渦中に投ぜらるゝに至つたのである。
彼の世界大戦に於ける聯合国側及同盟国側の宣伝謀略戦は、既に人の知る通りであるが、最近のスペイン内乱に於ては、思想宣伝戦の偉力が単に同国を左右両翼に分裂交争せしめたばかりでなく、コミンテルンの宣伝謀略によつて、事態は遂に人民戦線対国民戦線の交戦となり、勢の赴く所第二世界大戦勃発の危機をすら孕むに至つてゐる。
以上は近代戦の特性たる思想宣伝戦の登場を特記したのであるが、宣伝戦は単に思想戦のみならず各種各様の分野に於て戦はれつゝある事を知らねばならない。
(イ)、外交戦と宣伝戦
近時各国に於ける生産工業及一般産業の発展は国家間の相互依存関係を著しく密接化すると共に、世界に於ける産業経済上の競争
(ロ)、戦時経済と宣伝戦
更にまた、一国内の産業経済も複雑を加へ、高度に発展して来た為、戦時に於て国力の最大限度の動員を行ひ戦争を維持強化する為には、
(ハ)、国民精神と宣伝戦
更に近代戦は国運を賭して遂行される国力戦であるから、戦線、後方の区別なく一般国民は戦争に直接、或は間接に参与し、戦線兵士とは別個な労苦、困難に直面することゝなつた。さればかゝる国難を克服し苦痛に打ち勝つて戦争を遂行する為には、平時から強力な精神的訓練が必要である事は自明の理である。従つて国民精神の統一強化を行ひ、国民自らがその目的に向つて積極的に働きかける様にならねばならぬのである。
特に、
以上を考察すると、近代戦は大規模であると同時に複雑且機微な特性を有し、武力戦自体が昔日とは全くその内容を異にしたのみでなく、之を中心とする国際的な経済戦、外交戦及思想宣伝戦が平時は固より戦時には更に決定的な役割を演ずる一部門として展開せらるゝに至つた事を知るのである。
(二)、世界大戦時に於て経済戦に協力した思想宣伝戦
(a)自国内経済をして戦時に備ふ可 く、之が動員、統制(労働力の整備、物価調節、食糧調達、配給等)の為に活動した(特に独、仏、英に於て工作した)。
(b)最大限度の金融、資源を得る為にあらゆる方法に依り工作した(金、銀、宝石、鉄、銅、アルミニウム、鉛等を各家庭から寄附を仰ぐ為にも宣伝工作を行つたのである)(特に独逸が行つた)。
(c)他国から充分に資材、原料、食糧、軍需品を輸入し得る様に他国に於て工作をした(特に独逸)。
(d)自国商品の市場、投資地域の確保、拡大、安定化を計る為に活動した(特に独逸)。
(e)他国に於ける自国公債の応募、借款を最大限度に効果的ならしむる為努力した(特に米国に対する英仏の工作)。
(f)敵国内に於ける経済の統制、動員を妨害し、敵国の戦時経済を破壊するため、又は金融の遮断、恐怖の誘導を行ひ、敵国民の経済生活にも不安を与へる為に策動した(特に独逸)。
(g)敵国の同盟国及同情国に対しては、極力之を自国側に引き入れる工作を行ひ、軍需資源を敵国へ供給する事を防止し、或は之を自国に供給せしめる為努力した(特に独逸が工作す)。
(h)敵国市場の攪乱、奪取の為、経済的工作を行ふと共に宣伝作業を遂行した(特に独逸)。
(c)他国から充分に資材、原料、食糧、軍需品を輸入し得る様に他国に於て工作をした(特に独逸)。
(d)自国商品の市場、投資地域の確保、拡大、安定化を計る為に活動した(特に独逸)。
(e)他国に於ける自国公債の応募、借款を最大限度に効果的ならしむる為努力した(特に米国に対する英仏の工作)。
(f)敵国内に於ける経済の統制、動員を妨害し、敵国の戦時経済を破壊するため、又は金融の遮断、恐怖の誘導を行ひ、敵国民の経済生活にも不安を与へる為に策動した(特に独逸)。
(g)敵国の同盟国及同情国に対しては、極力之を自国側に引き入れる工作を行ひ、軍需資源を敵国へ供給する事を防止し、或は之を自国に供給せしめる為努力した(特に独逸が工作す)。
(h)敵国市場の攪乱、奪取の為、経済的工作を行ふと共に宣伝作業を遂行した(特に独逸)。
(ホ)、世界大戦時に於ける外交政策上其の他の思想宣伝工作
(a)戦前及戦時に於て、軍事上有形無形の利益を保証する同盟国を得る為に工作した(英、仏、独共に行ふ)。
(b)戦時に於ける軍需品、食糧、生活必需品の供給を可能ならしむる協商国を得る事に努力した(特に英、仏)。
(c)敵国の同盟国、協商国、密約国をして敵国と離反せしめる工作を行つた(特に独逸)。
(d)敵国及その同盟国内に内乱、革命、暴動を煽動し、政治、経済機関の破壊、混乱化を計つた(特に聯合軍側が独逸に対して行つた)。
(e)敵国の軍事的機密を探知する為に、敵国内の反政府分子、不平分子等を操縦した(交戦国何れも行ふ)。
以上は軍事的工作を除いた二方面の活動に就いて略説したのであるが、近代戦に於てはかゝる大規模の工作が見えざる力として作用するのである。これは堂々勝負を争ふ武力工作に対し搦手 よりする政略工作であつて、其巧妙なる指導が相手国に如何に痛痒を与ふるかは想像に難くない。
世界大戦に於ては、以上の工作の為にも官民総ての機関を動員して、国民全体の力を以て戦争に参加したのである。
例へば、米国内に於いては思想宣伝戦の為に、七万五千人の義勇奉仕者が五千二百の団体を動かして七十五万五千五百九十回の講演会を開き、七百人の翻訳者が米国内に在る外人に読ませる新聞の記事を書き、三十種を超えるパンフレットを七ヶ国語に印刷して七千五百万冊の複写物を国内に散布し、ポスター、ウインドウカードの如きものも一千四百三十八ヶ所で印刷され、毎月十万部の宣伝用新聞を印刷配布し、二十万の幻燈器を製造して毎月七百種の軍事写真を上映した。国内宣伝の為に動員された人員及器材、所要製作所等は無数に及んだのである。
特に大戦時に於ける食糧問題に就いて、米国の主婦達が、自発的に食糧節約運動を起して其の主旨を徹底させ、銃後の任を全うせるが如きは特筆す可きものであつた。銃後の婦人達があらゆる男子の職業戦線に立つて活動した事は勿論である。かくの如く、大戦に於ては老若男女
(『近代戦と思想宣伝戦』、内閣情報局、昭和12年)
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