(明治二年十二月)
天皇命の大御命に坐せ。天神・地祇八百万の大前に正四位行宮内権大丞平朝臣信成を使と為して、恐み恐みも白し給はくと白さく。今年東京に新宮を造給ひ、八柱の神等を祭り給ふに因て、大神等をも同じ殿に招き奉り、坐せ奉りて、年の緒長く絶ゆる事なく、闕くる事なく、祭り給はむ事を弥高に聞食して、大朝廷辺を堅磐に常磐に守り給ひ、百官人等をも過ち犯す事なく、仕へ奉らしめ給ひ、新代の大き御政は国の八十国至らぬ隈なく、足御代の伊加志御代に成し幸はへ給へと、宇豆の御幣を称辞竟へ奉らくと宣る天皇命の大御命を甘らに聞食せと白す。
○天神・地祇 前にしばしば述べてある。天にまします神または天から降りませる神を天ッ神
(天神)といひ、国土に
生れませる神を国ッ神
(地祇)といふ。
○八百万 非常に大いなる数の名である。神々の数の甚だ多いことから、「八百万の神」といふ語が、古くから伝へられてゐる。「古事記」上巻に、「是を以て八百万の神、天
ノ安之河原に
神集ひ集ひて、
高御産巣日神の
子思金ノ神に思はしめて」とあり、「万葉集」巻二の長歌には、「天の河原に八百万千万神の神つどひ」とある。
○新宮 新らしいお宮即ち新らしい神殿のこと。
○八柱の神 高皇産霊ノ神・
神皇産霊ノ神・
玉積産霊ノ神・
生産霊ノ神・
足産霊ノ神・
大宮売ノ神・
御食津ノ神・
事代主ノ神の八神。「祈年祭祝詞」の中に出づ。
○年の緒 「年」といふに同じ。
年が長くつづくことを、緒に擬していふ語である。「万葉集」巻四に、「わが形見見つつしのばせあらたまの年の緒長く我も思はむ」とあり、その他にも、和歌の中には、用例が頗る多い。
○堅磐に常磐に 「
堅磐」は「堅きいは」であり、「
常磐」は「
常いは」即ち「常にかはらぬいは」である。「堅磐常磐」は、物事の永久にかはらぬことをいへる語。宣命にも、祝詞にも、多く用ゐられてゐる。
○八十国 「多くの国々」といふこと。「八十」は、「多くの数」を意味する語である。「鎮火祭祝詞」に曰ふ。「国の八十国、嶋の八十嶋を生み給ひて」
○足御代の伊加志御代 何事も充ち足れる盛大な御代をいふ。
○宇豆の御幣 「宇豆」は「珍」である。「珍」は「厳」と通ずる。厳しく、高く、貴く、めでたいこと。「玉篇」に、「珍、貴也、美也、重也。」とある。「御幣」は、「御手座」の義ともいひ、「充座」の義ともいひ、「御栲座」の約語ともいふ。もと神に奉る物の総名であつたが、後に絹帛などを串に挟みて神に捧げるものをいふ名となり、更にまた絹帛を紙に代へるやうになつた。「うづの御幣」といふ語は、宣命にも祝詞にも、常に用ゐられてゐる。
〔大意〕
天皇の大御命であると、八百万の天神地祇の御前に、正四位行宮内権大丞平朝臣信成を使として、つつしみつつしんで申上げよと仰せられることを申上げる。今年東京に新らしいお宮をお造りなされて、八柱の神々を祭りたまふによつて、大神をも同じお宮にお招き申して、御鎮座をお願ひして、長い年月の間絶えることなく、闕くこともなく、お祭をなされたいといふことをお聞き入れ下され、朝廷を磐石のやうにお守りなされて、多くの役人どもが過ををかすことなくお仕へするやうになされて、この新らしい御政治が、国内にも至らぬところのないやうにして、すべてのものが十分に足る盛な御代になる幸福を与へたまふやうにと、うづの御幣を捧げて、お願ひごとを申上げよと仰せられる天皇の大御命を、どうぞお聞き入れ下さるやうにと申上げる。
〔史実〕
明治二年十二月神祇官中に神殿を建てたまひ、天神地祇・八神及び御歴代の皇霊を鎮祭したまふに当り、宮内権大丞平信成を勅使として遣はされ、天神地祇に告げさせたまうた宣命である。後に掲げ奉る神霊鎮祭の詔の謹解中にこれを述べる。
三浦藤作 謹解『歴代詔勅全集 第5巻』(河出書房、昭和15年)
0 件のコメント:
コメントを投稿