(明治四年十一月四日)
大日本帝国天皇睦仁、敬テ威望隆盛友誼親密ナル、英吉利伊太利荷蘭魯西亜瑞典独逸墺太利白耳義葡萄牙西班牙丁抹布哇皇帝陛下、米利堅合衆国仏蘭西瑞斯聯邦大統領ニ白ス。朕、天祐ヲ保有シ、万世一系ナル皇祚ヲ践ミシヨリ以来、未タ和親ノ各国ニ聘問ノ礼ヲ修メサルヲ以テ、茲ニ朕カ信任貴重ノ大臣、右大臣正二位岩倉具視ヲ特命全権大使トシ、参議従三位木戸孝允大蔵卿従三位大久保利通工部大輔従四位伊藤博文外務少輔従四位山口尚芳ヲ特命全権副使トシ、共ニ全権ヲ委任シ、貴国及各国ニ派出シ、聘問ノ礼ヲ修メ、益親好ノ情誼ヲ厚クセント欲ス。且貴国ト結ヒタル条約ヲ改正スルノ期、近ク来歳ニアルヲ以テ、朕カ期望豫図スル所ハ、開明各国ニ比シテ、人民ヲシテ其公権ト公利トヲ保有セシメン為メニ、従来ノ定約ヲ釐正セント欲スト雖トモ、我国ノ開化未タ浹カラス、政律モ亦従テ異レハ、多少ノ時月ヲ費スニ非レハ、其期望ヲ達スル能ハス。故ニ勉メテ開明各国ニ行ハルヽ諸方法ヲ撰ヒ、之レヲ我国ニ施スニ適宜妥当ナルヲ采リ、漸次ニ政俗ヲ革メ、同一致ナラシメンコトヲ欲ス。於是、我国ノ事情ヲ貴国政府ニ詢リ、其考案ヲ得テ、以テ現今将来施設スヘキ方略ヲ商量セシメ、使臣帰国ノ上、条約改正ノ議ニ及ヒ、朕カ期望豫図スル所ヲ達セント欲ス。此使臣ハ、朕カ貴重信任スル所ナレハ、陛下・大統領能ク其言ヲ信聴シ、之ヲ寵待栄遇セラレンコトヲ望ミ、且切ニ陛下・大統領ノ康福貴国ノ安寧ヲ祈ル。
○大日本帝国天皇睦仁 明治天皇は、御諱を
睦仁、
祐宮と申上げ奉つた。
○天祐ヲ保有シ 「天ッ神の御加護をこの身に蒙り」といふに同じ。詔勅の中に、しばしば拝する語である。「天祐」は、「天助」と同じ。「天のたすけ」である。「易経」の大有に曰ふ。「上九ハ天ヨリ之ヲ
祐ク、吉ニシテ
利ロシカラザル无シ。」また「天佑」の文字も用ゐられてゐる。
○万世一系ナル皇祚 「永久にかはらず一すぢにつづく天皇の御位」といふこと。「万世」は、「万代」と同じ。「永遠」の意味。「一系」は、「一統」と同じ。同じ系統の連続をいふ。「皇祚」は、「宝祚」と同じ。皇位即ち天皇の御位、古語の「あまつひつぎ」である。
○聘問ノ礼 日常用語の「お見舞の挨拶」といふに同じ。「聘」は、「安否をとふ」また「おとづれる」といふ意味の文字である。支那では、諸侯が大夫をして他の諸侯を訪問せしめることを「聘問」といつた。「曲礼」に、「諸侯ノ大夫ヲシテ諸侯ニ問ハシメルヲ聘ト曰フ。」とあり、「儀礼」に、「大問ヲ聘ト曰ヒ、小聘ヲ問ト曰フ。」とある。
○特命全権大使 官名。特に大命を受けて全権を負ひ、外国に赴く使者といふ意味の名称である。
○工部大輔 官名。「工部」は、工部省である。明治三年閏十月二十日設置。当時の各省には、卿一人、大輔一人、少輔一人その他の職員が置かれてあつた。前出。
○外務少輔 外務省の官名。
○期望豫図 「豫期」といふに同じ。かねてから心の中に考へ、それが実行せられるやうにと望んでゐること。
○定約ヲ釐正 「定まつてゐる条約を改める」といふ意味の語。「釐正」は、「改正」と同じ。缺点あるものを正しく改めること。「唐書」顔師古伝に曰ふ。「秘書省ニ詔シテ考定セシムルニ、釐正スル所多シ。」
○妥当 「穏当」と同じ。極端に流れ図、おだやかにして正当と思はれることをいふ。
〔大意〕
謹約。「敬しんで、威望隆盛、友誼親密なる諸国の皇帝・大統領に申上げる。朕は、即位以来、未だ御挨拶の礼もつくしてゐないから、ここに特命全権大使・副使を貴国につかはし、ますます親好の交情を厚くしたいと思ふ。貴国と結んだ条約が、明年改正期になつてゐるについて、朕は、開明各国に劣らないやうに、人民の公権と公利を保たしめることに改正したいと思ふけれど、我が国の文化がまだ十分に進まず、政治や法律も異なつてゐるから、多少の時日を費さなければ、その望みを達することが出来なからう。そこで、開明各国に行はれてゐる方法を選んで、適当なものを採り、だんだんと改めて行かうと思ふ。我が国の事情を、貴国の政府に詢り、その御意見も承はり、使臣が帰国の上、協議して改正の望みを達するやうにしたい。この使臣は、朕が厚く信任してゐる者であるから、その言を信じて聴かれ、よき待遇を与へられるやうに望む。」
〔史実〕
前出「海外派遣の特命全権使臣に賜はりたる勅語」の謹解中に略説しておいたとほり、明治五年は、安政仮条約の規定により、双方の合意を以て、条約の改定をすることが出来る時機に当つてゐたので、その希望を各国の政府に通達するために、明治四年、岩倉具視以下の使節を派遣せられた。前出の勅語に、「依テ今国書ヲ付ス。其レ能ク朕カ意ヲ体シテ努力セヨ。」と仰せられてあるやうに、特命全権使臣を通じて、各国の皇帝並に大統領に国書を御送達あらせられた。ここに謹載したのが、その国書の全文である。
三浦藤作 謹解『歴代詔勅全集 第5巻』(河出書房、昭和15年)
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