2017年10月15日日曜日

東京行幸の詔

(明治元年十月十七日)


皇国くわうこく一体いつたい東西とうざい同視どうしちんいま東府とうふみゆきして、したしく内外ないぐわいまつりごとく。なんぢ百官ひやくくわん有司いうし同心どうしん戮力りくりよくもつ鴻業こうげふたすけよ。およこと得失とくしつ可否かひは、よろしく正議せいぎ直諫ちよくかんして、ちんこころ啓沃けいよくすべし。

皇国くわうこく一体いつたい 「皇国」は、天皇の統治したまふ国即ち我が大日本帝国の別名。「一体」は、一つの体の如く、統一したまふことを仰せられてあるものと拝する。

啓沃けいよく 心をひらいて君の御心にそそぐといふ意味の文字。「書経」に出づ。


〔史実〕
明治元年九月、明治天皇には、東幸を仰せ出され、賢所を奉じて御発輦、途中、石部駅前に於て、農事をみそなはし、庶民の辛苦を偲ばせたまひ、また始めて渺茫たる太平洋を叡覧あそばされ、十月十三日、東京に御著、江戸城を皇居として東京城と称せしめたまひ、十月十七日、ここに謹載した詔を賜はつたのである。「皇国一体、東西同視」と仰せられ、百官有司に正議直諫を求めたまうてある。この優渥なる聖旨は、封建制度に苦しんでゐた官民に、まことに大いなる衝撃を与へたであらう。


三浦藤作 謹解『歴代詔勅全集 第5巻』(河出書房、昭和15年)

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