2017年10月7日土曜日

五箇条の御誓文

(明治元年三月十四日)


一 ヒロ会議クワイギオコシ、万機バンキ公論コウロンケツスヘシ。
一 上下シヤウカココロイツニシテ、サカン経綸ケイリンオコナフヘシ。
一 官武クワンブ一途イツト庶民シヨミンイタマデオノオノ其志ソノココロザシケ、人心ジンシンヲシテマラサシメンコトヲエウス。
一 旧来キウライ陋習ロウシフヤブリ、天地テンチ公道コウダウモトヅクヘシ。
一 智識チシキ世界セカイモトメ、オホイ皇基クワウキ振起シンキスヘシ。

我国ワガクニ未曾有ミゾウ変革ヘンカクナサントシ、チンモツシユウサキンシ、天地テンチ神明シンメイチカヒ、オホイコノ国是コクゼサダメ、万民バンミン保全ホゼンミチタテントス。シユウマタコノ旨趣シシユモトヅキ、協心ケフシン努力ドリヨクセヨ。

万機バンキ公論コウロンケツ 「すべての政をだれが考へても正しいと思ふ意見によつてきめる」といふこと。

経綸ケイリンオコナ 「国を治めととのへるやうにする」こと。「経綸」は、糸のみだれををさめととのへるといふことから、天下を治めることの意味に転用せられてゐる語である。「易経」屯卦に、「君子以テ経綸ス。」とある。

官武クワンブ一途イツト 官吏も軍人も同じ道に向ふこと。「一途」は、一すぢの道である。

庶民シヨミン 多くの民。「万民」と同じ。

旧来キウライ陋習ロウシフ ふるくから伝はつてゐる悪いならはし。「陋習」は、「陋俗」と同じく、いやしい習はし即ち悪習慣である。

天地テンチ公道コウダウ 天地に恥ぢない正しい道。如何なる時と如何なるところに於ても、常にあやまりのない正しい道。

智識チシキ世界セカイモト 世界中から新らしい智識を採り入れること。「智識」の説明。

皇基クワウキ振起シンキスヘシ 天皇の御統治なされる国の基を一そう鞏固ならしめること。「皇基」は、「皇室の基」「皇業の基」「皇国の基」である。「振起」は、その文字のとほり、「ふるひおこす」こと。なほ一そう盛にし、なほ一そう鞏固にするといふ意味。

未曾有ミゾウ変革ヘンカク 昔から未だ一度もなかつたほど、その模様をかへる。非常なる大改革を意味する語。「未曾有」は、その文字のとほり、「未だかつてあらざる」こと。昔から一度もないことの意味。「観無量寿経」に曰ふ。「歎未曾有、郭然大悟。」

国是コクゼ 国家の大計。国家統治の根本方針をいふ。


〔大意〕
一、広く会議を起し、すべての政を、だれが考へても正しいと思ふ意見によつてきめることにする。
一、上にある者も下の者も、心を一つにして、一そうよく国を治めととのへることにする。
一、官吏と軍人との区別なく、一般国民に至るまで、それぞれ志すところを成し遂げ、心を倦ましめないやうにする(仕事を怠らないやうにする)ことが大切である。
一、昔からの悪い習慣を改めて、天地の間の何処にも行はれる正しい道に基づいて、何事も行ふやうにする。
一、世界中の新しい知識を採り入れて、大いに皇国の基礎を振ひ起すやうにする。

我が国には、未だ曾てなかつた大改革を行はうとするに当り、朕は、みづから多くの国民に先立ち、天地の神々に誓つて、大いにこの国の根本方針を定め、万民の安全を保つ道を立てようとするのである。多くの国民も、この精神に基づいて、心をあはせ、つとめはげむやうにせよ。


〔史実〕
明治元年(慶応四年)三月十四日、明治天皇は、紫宸殿に出御あそばされて、天神地祇を祭りたまひ、五箇条の御誓文を御親告あらせられた。この御誓文は、新政の大方針を明らかにしたまうたものである。特に神明に対する御誓文の形式をとらせられたのは、祭政一致の御精神に出でさせたまうたものと拝察せられる。御誓文の中の五箇条には、いづれもみな宏遠雄深なる皇謨があらはれてゐる。その一には、「広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スヘシ」と仰せられてある。立憲政治の淵源をここに拝することが出来る。またその中には、「智識ヲ世界ニ求メ、大ニ皇基ヲ振起スヘシ」と仰せられてある。我が国が、明治維新以来、諸外国の新知識を摂取醇化して、短時日の間に著しき文化の発展を遂げたのは、この国是に基づくものに外ならぬ。この御誓文は、明治新政の黎明を照らして、皇国の進路を明らかにし、永遠に万丈の光芒を放つ燈明台であつた。

この御誓文に対して、有栖川宮熾仁親王は、次の如き奉答文を奏せられ、三条総裁以下の公卿諸侯がこれに署名して闕下に上つた。
勅意宏遠、誠ニ以テ感銘ニ不堪タヘズ、今日ノ急務、永世之基礎、此他ニ出ヘカラス。臣等謹テ叡旨ヲ奉戴シ、死ヲ誓ヒ、黽勉ビンベン従事コトニシタガヒ、冀クハ以テ宸襟ヲ安シ奉ラン。


〔追記〕
慶応三年十月十四日、徳川慶喜が大政を奉還し、ここに王政復古の大御代となつたが、その時、有司の間に国是樹立の議が出た。今日世に現れてゐる国是案には、福井藩参与由利公正の自筆案に、高知藩士参与福岡孝弟の修正加筆したものと、福岡孝弟の浄書したものと、中外新聞外篇に掲載せられたものと、その案に木戸孝允の加筆したものと、都合四通りある。その基礎となつてゐるものは由利公正の案と思はれる。由利公正の案は、左のとほりである。
   議事之体大意
一 庶民志を遂け人心をして倦まざらしむるを欲す
一 士民心を一にして盛に経綸を行ふを要す
一 智識を世界に求め広く 皇基を振起すべし
一 貢士こうし期限を以て賢才に譲るべし
一 万機公論に決し私に論するなかれ
諸侯会盟之御趣意右等之筋に可被 仰出哉大赦の事
これを福岡孝弟が次のやうに修正した。
   会盟
一 列侯会議を興し万機公論に決すべし
一 官武一途庶民ニ至る迄各其志ヲ遂ケ人心をして倦まざらしむるを欲す
一 上下心を一ニし盛に経綸を行ふべし
一 智識を世界ニ求メ大ニ皇基を振起すべし
一 徴士ちようし期限を以て賢才ニ譲るべし
  右等之御趣意可被仰出哉且右会盟相立候処ニて大赦之令可被仰出哉
一 列侯会盟ノ式
一 列藩巡見使じゆんけんしノ式
尚別に中外新聞外篇所載「京都会盟の式」には
   盟約
列侯会議を興し万機公論に決すべし
官武一途庶民に至る迄其志を遂けて人心をして倦まざらしむるを欲す
上下心を一にして盛に経綸を行ふべし
知識を世界に求め大に 皇基を振起すべし
徴士期限を以て賢才に譲るべし
 右の条々公平簡易に基き 朕列侯庶氏協力唯我日本を保全するを要とすちかひつかさどる事如斯かくのごとく背く所ある事勿れ
かくしてこの案を内申するに至つたのであるが、当時副総裁議定三条実美さねとみ、輔弼中山忠能等公卿は、これに対し頗る意平かならざるものがあつた。かかる形勢であつたために、岩倉具視は、徴士参与職内国事務局判事大久保利通を訪うて相談する所があり、徴士参与職総表局顧問木戸孝允は、茲に左の一篇の奏議をたてまつるに至つたのである。
仰願あふぎねがはクハ前途之大方針ヲ被為定さだめさせられ
至尊親敷したしク公卿諸侯及百官ヲ率ヒ神明ニ被為誓ちかはせられ国是之確定アル所ヲシテ速ニ天下の衆庶ニ被為示度しめさせられたく不堪至願しぐわんにたへず
ここに於て会盟の主義は消えて、天皇には天神地祇に御誓祭せいさいあり、群臣盟約に就くの儀が確立し、我が國體は、益〻明らかになつたのである。而して其の盟約の文字は之を抹消して「誓」となし、「徴士期限ヲ以テ賢才ニ譲ルヘシ」の行を抹して「旧来ノ陋習ヲ破リ宇内ノ通義ニ従フヘシ」と加筆、又条々を次第せられたのであつた。


三浦藤作 謹解『歴代詔勅全集 第5巻』(河出書房、昭和15年)

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