2017年11月10日金曜日

新律綱領頒布の上諭

(明治三年十二月二十日)


チン刑部ギヤウブミコトノリシテ律書リツシヨ改撰カイセンセシム。スナハ綱領カウリヤウ六巻ロククワン奏進ソウシンス。チン在廷ザイテイ諸臣シヨシンシ、モツ頒布ハンプユルス。内外ナイグワイ有司イウシコレ遵守ジユンシユセヨ。


〔備考〕明治二年九月二日「新刑律選定に就き集議院に下し給へる御下問」謹解参照。


〔史実〕
既に述べたとほり、明治維新の直後には、江戸時代の刑法を改めて、暫定的にこれを適用した。しかし、新刑法の制定を急務とする者も少くなかつたので、明治二年、刑部省に勅してこれが選定を命ぜられたことは、「新刑律選定に就き集議院に下し給へる御下問」の謹解中に略説しておいた。刑部省に於ては、勅命を奉じて、新刑法の選定に着手し、明治三年十二月、「新律綱領」の草案を奏進した。そこで、十二月二十日に、この上諭を賜はり、これを頒布せしめたまうたのである。

「新律綱領」は、大宝の古律に、明及び清の刑律を参酌し、寛恕軽減の聖旨を体して、時代に適応するやうに立案したものである。六巻より成り、律名を掲げて、(一)名例律(上下)、(二)職制律、(三)戸婚律、(四)賊盗律、(五)人命律(上下)、(六)闘殴律、(七)罵詈律、(八)訴訟律、(九)受贓律、(一〇)詐偽律、(一一)犯姦律、(一二)雑犯律、(一三)捕亡律、(一四)断獄律の十四律とし、八図・一百九十二条とした。正刑を死・流・徒・杖・笞の五種に分ち、別に閏刑じゆんけいとして、謹慎・閉門・禁錮・辺戍・自裁を挙げ、士族に科するものとし、官吏及び華族には、贖金の制を設けたが、更に笞・杖以下に懲役法を設け、一定の場所に於て、苦役に服せしめることとした。この「新律綱領」六巻は、未だ欧米の法制の影響を受けない純然たる東洋風の刑法典であつた。


三浦藤作 謹解『歴代詔勅全集 第5巻』(河出書房、昭和15年)

0 件のコメント:

コメントを投稿