2017年11月25日土曜日

条約締結諸国に送達の国書

(明治四年十一月四日)


大日本ダイニツポン帝国テイコク天皇テンノウ睦仁ムツヒト、敬ツツシンテ威望ヰバウ隆盛リユウセイ友誼イウギ親密シンミツナル、英吉利イギリス伊太利イタリー荷蘭オランダ魯西亜ロシア瑞典スヱーデン独逸ドイツ墺太利オーストリー白耳義ベルギー葡萄牙ポルトガル西班牙イスパニヤ丁抹デンマルク布哇ハワイ皇帝クワウテイ陛下ヘイカ、米利堅アメリカ合衆国ガツシユウコク仏蘭西フランス瑞斯スイス聯邦レンパウ大統領ダイトウリヤウニ白マヲス。朕チン、天祐テンイウヲ保有ホイウシ、万世バンセイ一系イツケイナル皇祚クワウソヲ践フミシヨリ以来イライ、未イマタ和親ワシンノ各国カクコクニ聘問ヘイモンノ礼レイヲ修ヲサメサルヲ以モツテ、茲ココニ朕チンカ信任シンニン貴重キチヨウノ大臣ダイジン、右大臣ウダイジン正二位シヤウニヰ岩倉イハクラ具視トモミヲ特命トクメイ全権ゼンケン大使タイシトシ、参議サンギ従三位ジユサンミ木戸キド孝允タカヨシ大蔵卿オホクラキヤウ従三位ジユサンミ大久保オホクボ利通トシミチ工部コウブ大輔タイフ従四位ジユシヰ伊藤イトウ博文ヒロブミ外務グワイム少輔セウフ従四位ジユシヰ山口ヤマグチ尚芳ヒサヨシヲ特命トクメイ全権ゼンケン副使フクシトシ、共トモニ全権ゼンケンヲ委任ヰニンシ、貴国キコク及オヨビ各国カクコクニ派出ハシユツシ、聘問ヘイモンノ礼レイヲ修ヲサメ、益マスマス親好シンカウノ情誼ジヤウギヲ厚アツクセント欲ホツス。且カツ貴国キコクト結ムスヒタル条約デウヤクヲ改正カイセイスルノ期キ、近チカク来歳ライサイニアルヲ以モツテ、朕チンカ期望キバウ豫図ヨトスル所トコロハ、開明カイメイ各国カクコクニ比ヒシテ、人民ジンミンヲシテ其ソノ公権コウケント公利コウリトヲ保有ホイウセシメン為タメニ、従来ジユウライノ定約ヂヤウヤクヲ釐正リセイセント欲ホツスト雖イヘトモ、我国ワガクニノ開化カイクワ未イマタ浹アマネカラス、政律セイリツモ亦マタ従シタガツテ異コトナレハ、多少タセウノ時月ジゲツヲ費ツヒヤスニ非アラザレハ、其ソノ期望キバウヲ達タツスル能アタハス。故ユヱニ勉ツトメテ開明カイメイ各国カクコクニ行オコナハルヽ諸シヨ方法ハウハフヲ撰エラヒ、之コレヲ我国ワガクニニ施ホドコスニ適宜テキギ妥当ダタウナルヲ采トリ、漸次ゼンジニ政俗セイゾクヲ革アラタメ、同オナジク一致イツチナラシメンコトヲ欲ホツス。於是ココニオイテ、我国ワガクニノ事情ジジヤウヲ貴国キコク政府セイフニ詢ハカリ、其ソノ考案カウアンヲ得エテ、以モツテ現今ゲンコン将来シヤウライ施設シセツスヘキ方略ハウリヤクヲ商量シヤウリヤウセシメ、使臣シシン帰国キコクノ上ウヘ、条約デウヤク改正カイセイノ議ギニ及オヨヒ、朕チンカ期望キバウ豫図ヨトスル所トコロヲ達タツセント欲ホツス。此コノ使臣シシンハ、朕チンカ貴重キチヨウ信任シンニンスル所トコロナレハ、陛下ヘイカ・大統領ダイトウリヤウ能ヨク其ソノ言ゲンヲ信聴シンチヤウシ、之コレヲ寵待チヨウタイ栄遇エイグウセラレンコトヲ望ノゾミ、且カツ切セツニ陛下ヘイカ・大統領ダイトウリヤウノ康福カウフク貴国キコクノ安寧アンネイヲ祈イノル。

○大日本ダイニツポン帝国テイコク天皇テンノウ睦仁ムツヒト 明治天皇は、御諱を睦仁むつひと、祐宮さちのみやと申上げ奉つた。

○天祐テンイウヲ保有ホイウシ 「天ッ神の御加護をこの身に蒙り」といふに同じ。詔勅の中に、しばしば拝する語である。「天祐」は、「天助」と同じ。「天のたすけ」である。「易経」の大有に曰ふ。「上九ハ天ヨリ之ヲ祐タスク、吉ニシテ利ヨロシカラザル无シ。」また「天佑」の文字も用ゐられてゐる。

○万世バンセイ一系イツケイナル皇祚クワウソ 「永久にかはらず一すぢにつづく天皇の御位」といふこと。「万世」は、「万代」と同じ。「永遠」の意味。「一系」は、「一統」と同じ。同じ系統の連続をいふ。「皇祚」は、「宝祚」と同じ。皇位即ち天皇の御位、古語の「あまつひつぎ」である。

○聘問ヘイモンノ礼レイ 日常用語の「お見舞の挨拶」といふに同じ。「聘」は、「安否をとふ」また「おとづれる」といふ意味の文字である。支那では、諸侯が大夫をして他の諸侯を訪問せしめることを「聘問」といつた。「曲礼」に、「諸侯ノ大夫ヲシテ諸侯ニ問ハシメルヲ聘ト曰フ。」とあり、「儀礼」に、「大問ヲ聘ト曰ヒ、小聘ヲ問ト曰フ。」とある。

○特命トクメイ全権ゼンケン大使タイシ 官名。特に大命を受けて全権を負ひ、外国に赴く使者といふ意味の名称である。

○工部コウブ大輔タイフ 官名。「工部」は、工部省である。明治三年閏十月二十日設置。当時の各省には、卿一人、大輔一人、少輔一人その他の職員が置かれてあつた。前出。

○外務グワイム少輔セウフ 外務省の官名。

○期望キバウ豫図ヨト 「豫期」といふに同じ。かねてから心の中に考へ、それが実行せられるやうにと望んでゐること。

○定約ヂヤウヤクヲ釐正リセイ 「定まつてゐる条約を改める」といふ意味の語。「釐正」は、「改正」と同じ。缺点あるものを正しく改めること。「唐書」顔師古伝に曰ふ。「秘書省ニ詔シテ考定セシムルニ、釐正スル所多シ。」

○妥当ダタウ 「穏当」と同じ。極端に流れ図、おだやかにして正当と思はれることをいふ。


〔大意〕
謹約。「敬しんで、威望隆盛、友誼親密なる諸国の皇帝・大統領に申上げる。朕は、即位以来、未だ御挨拶の礼もつくしてゐないから、ここに特命全権大使・副使を貴国につかはし、ますます親好の交情を厚くしたいと思ふ。貴国と結んだ条約が、明年改正期になつてゐるについて、朕は、開明各国に劣らないやうに、人民の公権と公利を保たしめることに改正したいと思ふけれど、我が国の文化がまだ十分に進まず、政治や法律も異なつてゐるから、多少の時日を費さなければ、その望みを達することが出来なからう。そこで、開明各国に行はれてゐる方法を選んで、適当なものを採り、だんだんと改めて行かうと思ふ。我が国の事情を、貴国の政府に詢り、その御意見も承はり、使臣が帰国の上、協議して改正の望みを達するやうにしたい。この使臣は、朕が厚く信任してゐる者であるから、その言を信じて聴かれ、よき待遇を与へられるやうに望む。」


〔史実〕
前出「海外派遣の特命全権使臣に賜はりたる勅語」の謹解中に略説しておいたとほり、明治五年は、安政仮条約の規定により、双方の合意を以て、条約の改定をすることが出来る時機に当つてゐたので、その希望を各国の政府に通達するために、明治四年、岩倉具視以下の使節を派遣せられた。前出の勅語に、「依テ今国書ヲ付ス。其レ能ク朕カ意ヲ体シテ努力セヨ。」と仰せられてあるやうに、特命全権使臣を通じて、各国の皇帝並に大統領に国書を御送達あらせられた。ここに謹載したのが、その国書の全文である。


三浦藤作 謹解『歴代詔勅全集 第5巻』(河出書房、昭和15年)

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