2017年11月8日水曜日

神霊を鎮祭し給へる詔

(明治三年一月三日)


ちんうやうやしくおもんみるに、大祖たいそげふはじむるや、神明しんめい崇敬すうけいし、蒼生さうせい愛撫あいぶす。祭政さいせい一致いつち由来ゆらいするところとほし。ちん寡弱くわじやくもつて、つと聖緒せいしよけ、日夜にちや怵惕じゆつてきして、天職てんしよくあるひけむことをおそる。すなはつつしみて天神てんじん地祇ちぎ八神はつしんおよ列皇れつくわう神霊しんれいを、神祇官しんぎくわん鎮祭ちんさいし、もつ孝敬かうけいぶ。庶幾こひねがはくは、億兆おくてうをして矜式きようしよくするところらしめむことを。

大祖たいそ 「皇祖」と同じ。大祖といふのは、初代の帝王の称である。しかし、本詔に「大祖」と仰せられてあるのは、遠い祖先にまします天皇の御意かと拝察する。

神明しんめい崇敬すうけい 神々を敬ひたふとぶ。「神明」は、「かみ」といふに同じ。「左伝」の中にも、「之ヲ敬フコト神明ノ如ク、之ヲ畏ルルコト雷霆ライテイノ如シ。」とある。

蒼生さうせい愛撫あいぶ 万民を深く愛すること。「蒼生」は、「多くの民」である。古語では、「おほみたから」とも「あをひとぐさ」とも訓んだ。「愛撫」は、「撫でるやうに愛する」こと即ち深く愛することをいふ。

由来ゆらいするところ よつて来れるもと。「原因」といふに同じ。

寡弱くわじやく 徳のすくない力の弱い者といふ御謙遜の御言葉である。この「寡弱」の文字は身よりのない年の若い者といふ意味にも用ゐられる。

聖緒せいしよ 「皇緒」と同じ。天皇の御系統即ち皇統のこと。また天皇の御事業といふ意味にも用ゐられる。

怵惕じゆつてき 「おそれうれふる」こと。心に大いなる不安を感ずることを称する語。

天神てんじん地祇ちぎ八神はつしん 前に謹載した「天神地祇鎮座の宣命」の謹解中に述べてある。「天神」は天ッ神、「地祇」は国ッ神、「八神」は、「祈年祭祝詞」に出づる八柱の神である。

およ 「及び」と同じ。「及」の古字。

列皇れつくわう神霊しんれい 御歴代の天皇の尊い御霊。

神祇官しんぎくわん鎮祭ちんさい 神祇官に鎮座してお祭りすること。「神祇官」は、明治初年に於ける中央政府の一官庁である。明治元年閏四月二十一日の官制では、太政官を七官に分ち、神祇官をその一官としたが、明治二年七月の官制改革により、二官六省を置き、太政官と神祇官とを二官とし、祭典・諸陵・宣教・祝部・神戸等の監督を、神祇官の所管とした。

孝敬かうけい 孝心をもつて神を敬ふこと。「敬神崇祖」といふに同じ。

矜式きようしよく 「つつしんで則る」こと。まごころをつくしてそのとほりに行ふことの意味。「孟子」の公孫丑章に曰ふ。「諸大夫国人ヲシテ皆矜式スル所ラシム。」


〔大意〕
朕が恭しく考へて見るのに、遠い祖先の方々が、この国を治める大業をおはじめなさつた時には、神々を敬ひたふとび、万民を深く愛したまうたのである。祭政一致のおこりといふものは、甚だ遠い。朕は、徳もすくなく力も弱い身をもつて、皇統をうけついだので、日夜心配して、この尊い天職にかけるやうなことはないかとおそれてゐる。そこで、つつしんで天神・地祇・八神及び御歴代の天皇の御霊を、神祇官の中に鎮めまつり、さうして神を敬ひ祖先を崇ぶ心をあらはさうと思ふ。天下の万民にも、みなこれにならふやうにさせようと思つてゐる。


〔史実〕
明治天皇には、敬神崇祖を非常に重んじたまひ、祭政一致の御政道を御回復あらせられて、明治新政の基礎を定めたまうたのであつた。この敬神崇祖の御精神から、明治元年十月、東京に行幸あらせられるや、十七日に勅書を下し賜はり、武蔵国大宮駅氷川神社を当国の鎮守として御親祭の旨仰せ出されて、二十七日に行幸御参拝あらせられた。その勅書は、前に謹載してある。

官制の変遷を顧みるに、明治元年正月十七日の官制では、三職・七科を置き、神祇科をその一科とし、同年二月三日、七科を改めて七局とし、神祇科を神祇事務局とし、同年閏四月二十一日、更に太政官官制を公布し、太政官を分ちて七官とし、神祇官をその一官とした。その後、二回の小改正が行はれたが、神祇官は、常に太政官の管下に属する一官となつてゐた。しかるに、明治二年七月八日、また官制の大改革が行はれて、二官六省の制度となつた。この制度は、大宝の古制に則り、従来の七官中の行政官を太政官と改めて、神祇官を太政官以外に独立せしめ、この太政官・神祇官を二官とし、他の五官を廃して民部・大蔵・兵部・刑部・宮内・外務の六省を設置したものであつた。かくして、明治の政府は、神事尊重の聖旨を奉じて、新政の緒に就いたのである。

この年(明治二年)十二月、明治天皇には、新に神殿を神祇官内に御建立あらせられて、天神地祇並に八神と共に、御歴代の皇霊を鎮祭したまうた。翌年(明治三年)正月三日に渙発あらせられたのが、ここに謹載した鎮祭の詔である。神祇官人は、この詔を奉じて、天神地祇並に八神及び御歴代天皇の神霊に奉仕することになり、祭祀の根基がここに確定したのであつた。


三浦藤作 謹解『歴代詔勅全集 第5巻』(河出書房、昭和15年)

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