2017年11月14日火曜日

清国皇帝への国書

(明治四年五月)


大日本国ダイニツポンコク天皇テンノウツツシン大清国ダイシンコク皇帝クワウテイマヲス。方今ハウコン寰宇クワンウアヒダ交際カウサイ日日ヒビサカンナリ。我邦ワガクニスデ泰西タイセイ諸国シヨコクシンツウシテ往来ワウライセリ。イハンヤ隣近リンキン貴国キコクゴトキ、モトヨヨロシク親善シンゼンレイヲサムヘキナリ。シカシテイマ使幣シヘイツウシ、和好ワカウムスフコトアラサルヲ、フカモツウラミス。スナハトク欽差キンサ大臣ダイジン従二位ジユニヰカウ大蔵卿オホクラキヤウ藤原フヂハラ朝臣アソミ宗城ムネナリシ、モツ貴国キコクツカハシテ誠信セイシンタツセシム。ヨツスルニ全権ゼンケンモツテシ、便宜ベンギコトオコナハシム。ネガハクハ、貴国キコク交誼カウギオモヒ、隣交リンカウアツクシ、スナハ全権ゼンケン大臣ダイジンシ、会同クワイドウ酌議シヤクギシ、条約デウヤク訂立テイリツシテ、両国リヤウコクケイカウムリ、永久エイキウカハラサランコトヲ。スナハ名璽メイジソナヘ、ツツシンマヲス。シテイノル、皇帝クワウテイ康寧カウネイ万福バンプクナランコトヲ。


〔史実〕
ここに謹載したのは、明治四年五月、大蔵卿伊達宗城を欽差大臣として清国に遣はされ、修好条約を締結せしめたまうた時、清国皇帝に賜はつた国書である。修好条約の締結については、前勅「伊達宗城を清国に遣はし給へる勅」の中に、その顚末を略述しておいた。本勅は、文辞平易、聖旨も明らかに拝し得られる。


三浦藤作 謹解『歴代詔勅全集 第5巻』(河出書房、昭和15年)

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