2017年11月2日木曜日

天神地祇鎮座の宣命

(明治二年十二月)


天皇命すめらみこと大御命おほみことせ。天神あまつかみ地祇くにつかみ八百万やほよろづ大前おほまへ正四位しやうしゐかう宮内くない権大丞ごんのたいじよう平朝臣たひらのあそみ信成のぶなり使つかひして、かしこかしこみもまをたまはくとまをさく。今年ことし東京とうきやう新宮にひみや造給つくりたまひ、八柱やはしら神等かみがみまつたまふによりて、大神等おほかみたちをもおな殿とのまねまつり、まつりて、としながゆることなく、くることなく、まつたまはむこと弥高いやたか聞食きこしめして、大朝廷辺おほみかどべ堅磐かきは常磐ときはまもたまひ、百官もものつかさ人等びとたちをもあやまをかことなく、つかまつらしめたまひ、新代あらたよおほ御政みまつりごとくに八十国やそくにいたらぬくまなく、足御代たらしみよ伊加志いかし御代みよさきはへたまへと、宇豆うづ御幣みてぐら称辞たたへごとまつらくと天皇命すめらみこと大御命おほみことうまらに聞食きこしめせとまをす。

天神あまつかみ地祇くにつかみ 前にしばしば述べてある。天にまします神または天から降りませる神を天ッ神(天神)といひ、国土にれませる神を国ッ神(地祇)といふ。

八百万やほよろづ 非常に大いなる数の名である。神々の数の甚だ多いことから、「八百万の神」といふ語が、古くから伝へられてゐる。「古事記」上巻に、「是を以て八百万の神、天安之河原に神集かみつどひ集ひて、高御産巣日神たかみむすびのかみみこ思金おもひかね神に思はしめて」とあり、「万葉集」巻二の長歌には、「天の河原に八百万千万神の神つどひ」とある。

新宮にひみや 新らしいお宮即ち新らしい神殿のこと。

八柱やはしらかみ 高皇産霊たかみむすび神・神皇産霊かみむすび神・玉積産霊たまつめむすび神・生産霊いくむすび神・足産霊たるむすび神・大宮売おほみやひめ神・御食津おほみけつ神・事代主ことしろぬし神の八神。「祈年祭祝詞」の中に出づ。

とし 「年」といふに同じ。としが長くつづくことを、緒に擬していふ語である。「万葉集」巻四に、「わが形見見つつしのばせあらたまの年の緒長く我も思はむ」とあり、その他にも、和歌の中には、用例が頗る多い。

堅磐かきは常磐ときは 「堅磐かきは」は「堅きいは」であり、「常磐ときは」は「とこいは」即ち「常にかはらぬいは」である。「堅磐常磐」は、物事の永久にかはらぬことをいへる語。宣命にも、祝詞にも、多く用ゐられてゐる。

八十国やそくに 「多くの国々」といふこと。「八十」は、「多くの数」を意味する語である。「鎮火祭祝詞」に曰ふ。「くに八十国やそくにしま八十嶋やそしまを生み給ひて」

足御代たらしみよ伊加志いかし御代みよ 何事も充ち足れる盛大な御代をいふ。

宇豆うづ御幣みてぐら 「宇豆」は「うづ」である。「うづ」は「いづ」と通ずる。厳しく、高く、貴く、めでたいこと。「玉篇」に、「珍、貴也、美也、重也。」とある。「御幣」は、「御手座みてぐら」の義ともいひ、「充座」の義ともいひ、「御栲座みたへぐら」の約語ともいふ。もと神に奉る物の総名であつたが、後に絹帛などを串に挟みて神に捧げるものをいふ名となり、更にまた絹帛を紙に代へるやうになつた。「うづの御幣」といふ語は、宣命にも祝詞にも、常に用ゐられてゐる。


〔大意〕
天皇の大御命であると、八百万の天神地祇の御前に、正四位行宮内権大丞平朝臣信成を使として、つつしみつつしんで申上げよと仰せられることを申上げる。今年東京に新らしいお宮をお造りなされて、八柱の神々を祭りたまふによつて、大神をも同じお宮にお招き申して、御鎮座をお願ひして、長い年月の間絶えることなく、闕くこともなく、お祭をなされたいといふことをお聞き入れ下され、朝廷を磐石のやうにお守りなされて、多くの役人どもが過ををかすことなくお仕へするやうになされて、この新らしい御政治が、国内にも至らぬところのないやうにして、すべてのものが十分に足る盛な御代になる幸福を与へたまふやうにと、うづの御幣を捧げて、お願ひごとを申上げよと仰せられる天皇の大御命を、どうぞお聞き入れ下さるやうにと申上げる。


〔史実〕
明治二年十二月神祇官中に神殿を建てたまひ、天神地祇・八神及び御歴代の皇霊を鎮祭したまふに当り、宮内権大丞平信成を勅使として遣はされ、天神地祇に告げさせたまうた宣命である。後に掲げ奉る神霊鎮祭の詔の謹解中にこれを述べる。


三浦藤作 謹解『歴代詔勅全集 第5巻』(河出書房、昭和15年)

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