2017年10月8日日曜日

天神地祇を祭り給へる御祭文

(明治元年三月十四日)


懸かけまくも恐かしこき天神あまつかみ地神くにつかみの大前おほまへに、今年ことし三月十四日を生日いくひの足日たるひと撰定えらびさだめて、禰宜ねぎ申まをさく。今いまより天津神あまつかみの御言寄みことよさしの随まにまに、天下あめのしたの大政おほきまつりごとを執行とりおこなはむとして、親王みこたち・卿臣まへつきみども・国国くにぐにの諸侯みこともちども・百寮つかさつかさの官人ひとどもを引居連ひきゐつらねて、此この神床かみどこの大前おほまへに誓うけひつらくは、近ちかき頃ころほひ、邪者よこしまものの是所ここ彼所かしこに荒すさび武たけびて、天下あめのした佐夜藝さやぎに佐夜藝さやぎ、人ひとの心こころも平穏おだひならず、故かれ是以ここをもて、天下あめのしたの諸人等もろびとどもの力ちからを合あはせ、心こころを一ひとつにして、皇すめら我政わがまつりごとを輔翼奉あななひまつり、令仕奉給つかへまつらしめたまへと、請祈申こひのりまをす礼代ゐやしろは、横山よこやまの如ごと置高成おきたかなして奉たてまつる形かたちを聞食きこしめして、天下あめのしたの万民よろづたみを治給をさめたまひ育給はぐくみたまひ、谷蟆たにぐくの狭渡さわたる極きはみ、白雲しらくもの堕居おりゐ向伏むかぶす限かぎり、逆さからひ敵対者あたなふものは令在給あらしめたまはず、遠祖尊とほつみおやのみことの恩頼みたまのふゆを蒙かうむりて、無窮とこしへに仕奉つかへまつれる人共ひとどもの今日けふの誓約うけひに違たがはむ者ものは、天神あまつかみ地祇くにつかみの倐忽たちまちに刑罰給つみなひたまはむ物ものぞと、皇神等すめがみたちの前みまへに、誓うけひの吉詞よごとば申給まをしたまはくと申まをす。

○生日いくひの足日たるひ その当日を賀する語。「吉日」の意。「生日」は生ひ栄ゆる日、「足日」は足り満つる日である。「出雲国造神賀詞」に曰ふ。「八十日やそかびはあれど、今日の生日の足日に、出雲国造、恐かしこみ恐かしこみも申したまはく、」

○御言寄みことよさし お任せになること。「御委任」と同じ。前出。「みことよさし」は、「ことよさし」に「み」の敬語の加はつたもの、「ことよさし」は、「ことよす」の敬称、「ことよす」は、「事を委ねる」即ち委任・任命等の意味を含める語である。「大祓祝詞」に曰ふ。「我が皇御孫すめみまの命みことは、豊葦原の水穂の国を安国やすくにと平たひらけく知食しろしめせと、事依ことよさし奉まつりき。」

○天下あめのした佐夜藝さやぎ 「天下がさわがしく」といふこと。動乱勃発の意味。「さやぎ」は、「さやさや」(喧々)の活用。「騒騒さわさわと鳴る」といふ意味の語である。「古事記」上巻に曰ふ。「豊葦原の水穂の国は、いたくさやぎてありけり。」

○輔翼奉あななひまつり 「あななひ」は、現代語の「助ける」である。古代の詔勅や、宣命にしばしばこの語を拝してゐる。

○礼代ゐやしろ 御礼のための贈物。「礼物」と同じ。また「ゐやじり」ともいふ。「古事記」下巻に曰ふ。「然れども言以こともて白まをす事ことは礼无ゐやなしと思おもほして、即すなはち其その妹いもの礼物ゐやしろと為して、押木之おしぎの玉縵たまかづらを持もたしめて貢献たてまつりき。」

○谷蟆たにぐくの狭渡さわたる極きはみ 「谷蟆たにぐくが通つて行く限りのところ」といふこと。「どんな狭い隅の方までも」の意味。「谷蟆」は、「ひきがへる」の古名である。「祈念祭祝詞」の中に、「皇神すめがみの敷しきます島しまの八十島やそしまは、谷蟆たにぐくのさ渡わたる極きはみ、塩沫しほなはの留とどまる限かぎり、狭さき国くには広ひろく、峻さがしき国くには平たひらけく、」とあり、「万葉集」巻五・巻六の長歌にも、「谷蟆のさわたる極」といふ語が出てゐる。

○白雲しらくもの堕居おりゐ向伏むかぶす限かぎり 「白雲が地におりて伏してゐるやうに見えるかぎりのところ」といふこと。極めて遠方を意味する語である。「祈年祭祝詞」に、「皇神すめがみの見霽みはるかします四方国よものくには、天あめの壁立かべたつ極きはみ、国くにの退そき立たつ限かぎり、青雲あをぐもの靄たなびく極きはみ、白雲しらくもの堕居をりゐ向伏むかぶす限かぎり、青海原あをうなばらは棹柁さをかぢ干ほさず、」とある。また「万葉集」巻三の長歌には、「天雲あまぐもの向伏国むかぶすくにの」といふ語がある。

○恩頼みたまのふゆ 御霊の恩恵。神恩の辱けなさを感謝していふ語。「日本書紀」には、しばしばこの語が用ゐられてゐる。神代紀に曰ふ。「是を以て百姓今に至るまで咸ことごとく恩頼みたまのふゆを蒙かかぶれり。」


〔史実〕
前述の如く、明治元年(慶応四年)三月十四日、明治天皇には、天神地祇を祭りたまうて、五箇条の御誓文を誓御親告あそばされた。ここに謹載したのは、その当日の御祭文である。

なほ当日の御祭式次第は、次のとほりであつた。

一 午ノ刻、群臣着座、公卿・諸侯母屋モヤ、殿上人南廂、徴士東廂
一 塩水行事 神祇輔勤之コレヲツトム 吉田三位侍従
一 散米行事 神祇権判事勤之コレヲツトム 植松少将
一 神祇督着座 白川三位
一 神於呂志オロシ神歌 神祇督勤之コレヲツトム
一 献供 神祇督・同輔・同権判事等立列リフレツ拝送ハイソウ、同輔 津和野侍従 点検
一 天皇出御
一 御祭文読上ヨミアゲ 総裁職勤之コレヲツトム 三条大納言
一 天皇御神拝 親シタシク幣帛ヘイハクノ玉串ヲ奉献シタマフ
一 御誓書読上ヨミアゲ 総裁職勤之コレヲツトム
一 公卿・諸侯就約 但一人宛ヅツ中央ニ進ミ、先ツ神位ヲ拝シ、御座ヲ拝シ、而後シカルノチ執筆加名
一 天皇入御
一 撒供 拝送如初ハジメノゴトシ
一 神阿計アゲ神歌 神祇督勤之コレヲツトム
一 群臣退出


三浦藤作 謹解『歴代詔勅全集 第5巻』(河出書房、昭和15年)

0 件のコメント:

コメントを投稿