2017年10月9日月曜日

明治維新の宸翰

(明治元年三月十四日)


ちん幼弱えうじやくもつて、にはか大統たいとうき、爾来じらいなにもつ万国ばんこく対立たいりつし、列祖れつそつかたてまつらんやと、朝夕てうせき恐懼きようくたへさるなりひそかかんがふるに、中葉ちゆうえふ朝政てうせいおとろへてより、武家ぶけけんもつぱらにし、おもて朝廷てうてい推尊すゐそんして、じつけいしてこれとほざけ、億兆おくてう父母ふぼとして、たえ赤子せきしじやうることあたはさるやうはかりなし、つひ億兆おくてうきみたるも、ただのみにはてそれために、今日こんにち朝廷てうてい尊重そんちようは、いにしへにばいせしかごとくにて、朝威てうゐますますおとろへ、上下しやうか相離あひはなるゝこと霄壌せうじやうごとし。かゝる形勢けいせいにて、なにもつ天下てんか君臨くんりんせんや。今般こんぱん朝政てうせい一新いつしんときあたり、天下てんか億兆おくてう一人いちにん其処そのところさるときは、みなちんつみなれは、今日こんにちことちんみづから身骨しんこつらうし、心志しんしくるしめ、艱難かんなんさきたちいにしへ列祖れつそつくさせたまひしあとみ、治蹟ちせきつとめてこそ、はじめ天職てんしよくほうして億兆おくてうきみたるところそむかさるへし。往昔わうせき列祖れつそ万機ばんきみづからし、不臣ふしんのものあれは、みづかしやうとしてこれをせいたまひ、朝廷てうていまつりごとすべ簡易かんいにして、如此かくのごとく尊重そんちようならさるゆへ、君臣くんしん相親あひしたしみて、上下しやうか相愛あひあいし、徳沢とくたく天下てんかあまねく、国威こくゐ海外かいぐわいかがやきしなり。しかるに近来きんらい宇内うだいおほいひらけ、各国かくこく四方しはう相雄飛あひゆうひするのときあたり、ひとり我邦わがくにのみ世界せかい形勢けいせいにうとく、旧習きうしふ固守こしゆし、一新いつしんかうをはからす、ちんいたづらに九重中ここのへのうち安居あんきよし、一日いちじつやすきをぬすみ、百年ひやくねんうれひわするゝときは、つひ各国かくこく凌侮りようぶけ、かみ列聖れつせいはづかしめたてまつり、しも億兆おくてうくるしめんことおそる。ゆゑに、ちん、こゝに百官ひやくくわん諸侯しよこうひろ相誓あひちかひ、列祖れつそ御偉業ごゐげふ継述けいじゆつし、一身いつしん艱難かんなん辛苦しんくとはす、みづか四方しはう経営けいえいし、なんぢ億兆おくてう安撫あんぶし、つひには万里ばんり波濤はたう拓開たくかいし、国威こくゐ四方しはう宣布せんぷし、天下てんか富岳ふがくやすきにおかんことをほつす。なんぢ億兆おくてう旧来きうらい陋習ろうしふれ、尊重そんちようのみを朝廷てうていこととなし、神州しんしう危急ききふをしらす、ちんひとたひあしあぐれは、非常ひじやうおどろき、種々しゆじゆ疑惑ぎわくしやうし、万口ばんこう紛紜ふんうんとして、ちんこころざしをなささらしむるときは、これちんをしてきみたるみちうしなはしむるのみならす、したがつ列祖れつそ天下てんかうしなはしむるなりなんぢ億兆おくてう能々よくよくちんこころざし体認たいにんし、相率あひひきゐ私見しけんり、公議こうぎり、ちんげふたすけて、神州しんしう保全ほぜんし、列聖れつせい神霊しんれいたてまつらしめは、生前せいぜん幸甚かうじんならん。

にはか大統たいとう 急に天皇の御位をつがせられたことを仰せ出された語。「大統」は、「皇統」と同じ。天皇の御系統をいふ。

列祖れつそ 「皇祖皇宗」と同じ。御歴代の天皇の御事。

中葉ちゆうえふ 「中世」と同じ。武家が政権を左右した時代のことを仰せられてあるものと拝する。

推尊すゐそん すすめ尊ぶこと。即ち尊んでおしすすめること。麻九疇の詩に曰ふ。「画史推尊為第一。」

億兆おくてう 「万民」と同じ。多くの国民をいふ。「億」も「兆」も非常に大いなる数である。それから転じて多くの民をいふ語となつたものと思はれる。

霄壌せうじやう 「天地」と同じ。天と地ほどのへだたりといふ場合即ち非常に大いなる差を喩へていふ語として多く用ゐられる。

君臨くんりん 天皇として天下を統治したまふこと。「国語」に曰ふ。「赫赫たる楚国にして、之に君臨す。」

其処そのところさる それぞれ適当な地位に安定し得ないこと。安定した生活の出来ないことの意味。

あと 同じやうに行ふこと。

治蹟ちせきつと 国家がよく治まるやうにつとめるといふこと。

天職てんしよく 最も尊い職。天神から承けつがせられた天皇の御地位を称したまうたものと拝する。

不臣ふしんのもの 臣にあらざる者といふこと。臣道に反する行をした不忠の臣の意味。「漢書」の王尊伝に、「倨慢不臣」といふ語がある。

宇内うだい 「天下」と同じ。「史記」の秦紀に曰ふ。「天下ヲ席巻シ、宇内ヲ包挙ス。」今日では、「世界」といふ意味にこの文字が多く用ゐられてゐる。ここに仰せられてあるのも、「世界」の意味に拝せられる。

雄飛ゆうひ 大いに活動するといふこと。雄鳥の雄々しく飛ぶやうな勢を以て事を行ふといふ字義の語である。「後漢書」の趙典伝に、「丈夫マサニ雄飛スベシ、 イヅクンゾク雌伏セン」とある。

九重中ここのへのうち 「九重」は、宮中の別称。支那に於て、王城の門を九重に作つたことから出た語である。

一日いちじつやすきをぬす ほんの一日の安全をむさぼるといふこと。目前寸時の安心に満足する意味。次にある「百年の憂を忘るる」に対する語である。「偸み」は、「むさぼる」ことの意味。賈誼新書に、「夫レ火ヲ抱キ之ヲ積薪之下に措キテ其ノ上ニ寝、火未ダ燃エ及バズ、因リテ之ヲ安キト謂フハ、安キヲ偸ム者ナリ。」

凌侮りようぶ 「かろんじあなどる」こと。「晋書」斉王攸伝に曰ふ。「酒ヲ使ヒシバシバ凌侮ス。」

万里ばんり波濤はたう拓開たくかい 遠い海のはての地方までもひらくといふこと。「万里の波濤」は、前に述べたとほり。「拓開」は、「開拓」と同じ。荒蕪の土地をひらいて耕地とすることをいふ。

富岳ふがくやすきにおか 富士山のやうに安定した地位に置くといふこと。最も基礎が鞏固で安全なことの喩。「富岳」は、富士山である。乃木希典の詩に曰ふ。「崚嶒富岳聳千秋、赫灼朝睴照八洲。」

神州しんしう 神の国といふ意味の語。日本の異称。

万口ばんこう紛紜ふんうん 多くの者が口々にやかましくわめきたてること。「紛紜」は、「盛なること」や「乱れたること」の有様をいふ語である。「楚辞」の九歎に、「腸紛紜以繚転兮」とあり、班固の賦に、「万騎紛紜」とある。

体認たいにん 道理をよく理解して実行に力めること。


〔史実〕
ここに謹載した宸翰は、明治元年(慶応四年)三月十四日、天神地祇に五箇条の御誓文を御親告あらせられた明治天皇が、広く天下に宣布したまうたものである。五箇条の御誓文に仰せ出された新らしい国是は、久しい封建制度に慣れた国民に、あまりにも急激な大改革であつたから、これに驚き疑惑を生ずる者がないやうに、この宸翰により、懇々と御諭しあそばされたものと拝する。故に、これは、宸翰の形式で発せられたが、詔勅と同じ性質の聖訓である。「今般朝政一新の時に膺り、天下億兆、一人も其処を得さる時は、皆朕が罪なれは」と仰せられ、また「列祖の御偉業を継述し、一身の艱難辛苦を問す、親ら四方を経営し、汝億兆を安撫し」と仰せられ、まことに宏遠なる皇謨の中に、優渥なる聖旨が溢れてゐる。この宸翰を拝した公卿諸侯は、総裁輔弼の名を以て、次の如く一般国民に諭示した。
右御宸翰之通のとほり、広く天下億兆蒼生を思食おぼしめさせ給ふ深き御仁恵の御趣意につき、末末の者に至る迄、継承し奉り、心得違こころえちがひ無之これなく、国家の為に精精其分そのぶんを尽すべき事。


三浦藤作 謹解『歴代詔勅全集 第5巻』(河出書房、昭和15年)

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